2016年5月27日金曜日

いきものカフェからCOP13へのメッセージ 〜「生物多様性と健康」をめぐる議論の活性化にむけた提言

COP13に向けた準備会合SBSTTA20(4月25日〜29日/カナダ・モントリオール)にメッセージを届ける為、いきものカフェの中で提言書を練ってきました。

この提言書はSBSTTA20で、国連事務局などにも予想以上の歓迎を受け、今年12月開催のCOP13にも影響をおよぼす可能性が出てきました。

その辺りの展開についてはまた追って。

とりあえず、本文をシェアします。

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「生物多様性と健康」をめぐる議論の活性化にむけた提言
               国連生物多様性の10年市民ネットワーク代表 坂田昌子
               環境NGOいきものカフェ

わたしたちは、SBSTTA19において「生物多様性と健康」がCBD COP13の新たな議題として各国の賛成のもと確定したことを歓迎する。また、生物多様性事務局とWHO(世界保健機構)が発表した報告書Connecting Global Priorities: Biodiversity and Human Health」(生物多様性の保全と持続可能な利用が人々の健康向上に寄与することを示す報告書)を高く評価する。「生物多様性と健康」に関する議論が、COP13で深められ、人間の健康と生物多様性保全が密接につながっている関係が明らかにされ、各国政府が生物多様性と健康を反映した分野横断的な国家戦略および政策を構築することをわたしたちは望んでいる。また近隣諸国が、パンデミックや大気汚染、放射能汚染などに連携して対応することを望んでいる。

「生物多様性と健康」に関する実践的な取組みは生物多様性の主流化、2020年愛知ターゲット達成、2030年SDGsの達成のために、大きな役割を果たすとわたしたちは考えている。

世界でも例のない急速な近代化をした日本は、生物多様性の損失も急速だった。科学技術の発展により近代的医学の恩恵を受けてはいるが失ったものも大きい。偏食やストレスによる生活習慣病、免疫力低下傾向、花粉症やアトピーなどアレルギー体質の激増、そして2011年福島第一原発事故による放射性物質による健康被害。
2015年の自殺者は、内閣府の統計によると24025人で先進国でもトップレベルだが、遺書がない場合は自殺にカウントされないため実数はもっと多い。さらに2011年の福島原発事故による放射能汚染が、追い打ちをかけるようにわたしたちの健康を脅かしている。健康とは、病気ではない状態を指すのではなく、心身一体のものととらえるべきであり、その観点にたつと日本人の多くは健康とは言い難い。
生物多様性が豊かで特に植物種が豊かな日本は、健康維持のため自然の恵みを活用してきた歴史がある。日本語には「医食同源」「身土不二」という言葉があるが、まさに生物多様性と健康の関係をあらわす言葉である。この二つ言葉における価値観が「生物多様性と健康」の議論において重要なキーワードであることを念頭におきながら、以下の内容を提言する。

身土不二
you are what you eat; slogan encouraging consumption of local seasonal foods for one's health; indivisibility of the body and the land (because the body is made from food and food is made from the land)、inseparability of body/mind and geographical circumstances

※医食同源
a balanced diet leads to a healthy body; healthy food both prevents and cures sickness

  1. 健康と食の多様性
―伝統的な知恵の保全は先住民だけではなく先進諸国も課題とすべきである―

食糧生産の基盤は生物多様性である。したがってその遺伝的多様性は人の健康に直結している。日本では、近代的合理主義や科学技術の発展、経済的発展のみを求める価値観の蔓延のために、伝統的な食や医療に関する知識を「遅れたもの」として軽視し続けてきてしまった。食や医療に関連する伝統的な知恵は、先住民や途上国だけの問題ではなく、先進国でも失われた伝統的な知恵を取り戻すことに取り組むべきである。

  1. 伝統的な食を取り戻す
日本食は優れた健康食としてUNESCOの無形文化遺産に登録された。日本食の重要さは、「旬」と呼ばれるその季節のものをその季節に食べることと多様な食材と調理法にある。春の山菜や野草料理は、冬の間に体内にたまった老廃物を出し、ビタミンやミネラルを身体に取り入れる。暑い夏には、ウリ科やナス科の夏野菜によって身体を冷やし体調を整え、秋には旬の魚を食べて、DHAやEPAが含まれた良質な油を取って冬に備え、冬は身体を温めるために根菜を取ると言ったように、四季ごとの自然の恵みを食べることによって、免疫力を高め抵抗力をつけてきた。そのため、どの季節にどんな食物を自然から手に入れることができるかを知るために重要なのは暦だった。近代化の過程で、日本は旧暦を捨て、欧米の太陽暦を導入したことによって、日本人の季節感は大きく損なわれた。
現在、スーパーマーケットに行けば、季節に関係なく食材が並んでいる。ファーストフードをはじめ食の欧米化は進み、米の消費量はどんどん減少している。しかしながら、日本においては地域でかろうじて、伝統的な食や持続可能に自然の恵みを得るための知恵を80歳以上の年寄りが持っている。この知識を受け継ぐことによって食の多様性を守り、ひいいては生物多様性も守ることが必要だ。
先進国でありつつ、先住民的な要素をまだかろうじて持っている日本は、スローフードなど食の多様性による生物多様性の保全に積極的に取り組まねばならない。また、多くの先進諸国が伝統的な食に目を向けることは、世界的な生物多様性の保全につながる。

  1. 発酵食品の有効性を評価し、推進する
納豆、醬油、味噌、ヨーグルト、チーズ、キムチ、サワークラフトなど世界の伝統的な食には、発酵食品が多い。冷凍技術のなかった昔は、麹や酵母などで素材の腐敗を防ぐことが可能であったためだ。保存性だけでなく、栄養成分も高まり体内への吸収率もよくなることが今では知られている。発酵食品は、特に腸内細菌のバランスを整え、免疫システムを機能させ、インフルエンザなど風邪の予防など予防医療としての有効性がある。
しかし発酵食品は、じっくり熟成させるなど作るのに時間がかかるため、顧みられなくなった。日本の発酵食品で最も使用されている調味料の醤油は、製造過程の最終で大豆の油を捨てるが、現在ではほとんどの醤油が、薬剤をかけて油を最初から取り除いた脱脂加工大豆を使い工場で作られている。本来であればじっくり時間をかけて発酵させる過程で、大豆から様々な成分が抽出される。その中には未解明の成分もあるという。
大量生産のため、商品化のスピードを重視するならば、本来の発酵食品は消えるしかない。
発酵食品の健康への有効性を正当に評価し、食材の多様性と料理方法の多様性を守らなくてはならない。

  1. 薬草など伝統的な医療の有効性を評価する
日本は、世界でも有数の抗生物質消費大国である。日本の医療は、ほとんど薬漬けと言っても過言ではない。認可薬は約18000種にのぼり、総医療費に占める薬代は約30%にものぼる。日本のドラッグストアでは、膨大な種類の薬が並んでいる。
かつて、日本ではどの家の庭にもウメ、ビワ、カキ、ドクダミ、ジンチョウゲ、ナンテン、キンカン、キンモクセイなど薬になる草木が植えられていた。日本には古代より、中国、朝鮮を経て漢方医学が伝えられ、独自の発展をしたため、一般庶民の間でも薬草の知識は豊富だった。しかし、現在では抗生物質の感染症抑制を過剰に評価し、薬への依存度は非常に高い。そのため、薬草に関する知識は、受け継がれず、80歳以下の年代では、どの野草がどんな薬用を持っているのか、どれぐらいの使用料であれば有害にはならないのか、乾燥させて使うのか、煮出して使うのか、その処方の仕方もほとんど知らない。民間療法の再評価と薬効のある植物の保全などを行うことは早急に取り組まなければならない。
頭痛、冷え症、原因がはっきりしない体調不良など近代西洋医療が不得意とする分野への漢方薬適用など、薬草などの伝統的な医療の有効性を正当に評価し、民間医療と近代西洋医療をバランスよく使用すべきである。

  1. 健康と都市生活
―体内微生物の多様性確保のために都市のあり方を見直す―

人体は微生物の集合体である。100兆個ともいわれる体内微生物が常在菌として人と共生している。人間の生存にかかせない体内微生物は、皮膚や消化管など体外の環境と通じている器官に存在し、わたしたちの免疫システムと緊密に連携している。腸管は最大の免疫器官で、全身の60~70%の免疫細胞が存在している。生物多様性の減少は、人間の体内微生物の多様性を損ない、免疫機能に障害をもたらしている。特に都市圏では、喘息、アトピー性皮膚炎、アレルギー性鼻炎、アレルギー性結膜炎が非常に多く、児童のアナフィラキシーショックによる死亡などが大きな問題となっている。
日本では、現在2020年東京オリンピックに向けた都市開発が進行中である。日本のみならずオリンピックのような大きな国際イベントを契機とする都市開発の推進は、歴史上、世界各地で多々見られるが、近代的都市開発を行う場合、自然環境とのバランスを重視しなければ、都市住民の健康は深刻な事態をむかえることになる。
都市住民の心身の健康悪化は深刻であり、生物多様性に配慮した緑地公園づくりや河川の回復、アスファルトなど人工被覆の見直しといったグリーンインフラの導入を行いつつ、都市周辺の森林の確保、街並み保全、人口の過剰な集中も含めた大都市のグランドデザインを抜本的に見直さなければならない。

  1. 大都市の土壌の喪失
いまや日本の首都圏では、以前は当たり前のように目にした生き物を目にすることがない。東京都心では、人工被覆は80%以上であり、地面のほとんどがアスファルトに覆われ、子どもたちは土の上を歩いたり遊んだりすることができない。幼児期に土壌から様々な菌を体内に入れることができない子どもたちの多くは、免疫力が非常に弱くアトピー性皮膚炎、喘息、激しいアレルギー反応などが増加している。また、高層マンションを住居とする人の増加も健康に影響を及ぼしている。一日の間に、何度もエレベーターで上り下りを繰り返すことは、一日に何度も気圧の変化を身体に受けることであり、自然界の中ではありえない。高層マンションに住む子どもたちが精神的に安定しないことが指摘されている。都市の生物多様性の減少や住環境は、都市住民の健康を大きく損ねている。

  1. ヒートアイランドによる問題
ヒートアイランドによる都市の亜熱帯化は、集中豪雨や熱中症増加をひき起こしている。日本で最大規模のヒートアイランドは東京だが、熱中症は年々倍増しており危険性は増大している。ここ数年、特に2010年以降、熱中症患者の増加は激しく、歴史的な酷暑であった2010年には56119人が、2013年には58729人が救急搬送されている。死亡者は、1993年以前は、年平均67人だったが、2010年には1745人が死亡しており深刻な問題となっている。
熱帯夜による睡眠の質の低下も都市生活のストレスをますます増加させている。
亜熱帯化は、生物の生息域にも影響を与え、病原菌を媒介する生物の生息北限の北上も大きな懸念だ。日本の大都市は東京をはじめ海岸線に集中しているため海風が都市の熱を拡散させることもあったが、東京ではウォーターフロントに高層ビルが無計画に乱立し海風を防いでしまいヒートアイランド化はさらに進んでいる。
地表の被覆の人工物化を見直すことは喫緊の課題である。

  1. 都市近郊の森林保全
かつては都市近郊に広がっていた森林も、都市の膨張に比例して開発され宅地化され消失し続けている。ストレスが多い都市住民にとって身近な森林は健康の視点から非常に重要である。森林セラピーの生理的効果はすでに科学的にも実証されている。神経系、内分泌系、免疫系に大きな効果がみられ、人体ストレス低減、抗がん能力など免疫機能向上など健康を増進する。このような森林の効果は、滞在型だけではなく、日帰りでも効果があることが解明されている。
生理的効果だけではなく心理的効果も科学的に実証されている。樹木によって日光がさえぎられる照明度、森林の湿度や風による温熱環境の変化、樹木が発散するフィトンチッドなどによるリフレッシュ効果などがそれにあたる。
都市住民の健康にとって身近な自然の回復は重要である。その際に、「緑化」が単なる緑色の増加ではなく、生物多様性の確保という森林の質が重要であることは言うまでもない。


  1. 抗菌剤の多用など社会的衛生概念の見直し
現在、日本の都市住民の多くが「健康という名の病」にとりつかれている。抗生物質など抗菌薬への過剰依存、異常な抗菌グッズブームは社会的な問題だ。特に1996年夏、病原性大腸菌O-157が猛威をふるったことを契機に、数えきれないほどの抗菌グッズが商品として登場した。そもそも抗菌の効果がない商品や農薬などを使用した抗菌加工剤は安全性が確認できないまま使われているものも多い。さらに消臭剤、脱臭剤、防臭剤、芳香剤まで入れるとすさまじく多様な商品があり、一方で菌の多様性は損なわれている。「細菌はすべて殺せ!」という強迫観念によるいきすぎた抗菌は、かえって人体の健康を損ねている。
また抗生物質など抗菌薬への過剰依存も大きな問題である。日本は世界でも屈指の抗生物質使用大国だが、その大きな要因として抗生物質が万能薬であるかのような誤った社会認識がある。きちんとした処方であれば有効だが、「念のため」といった不用意な服用により多剤耐性菌の蔓延を生み出している。また不用意な抗生物質の使用は、腸内細菌など人体に有効な最近まで殺してしまい免疫力の低下をひき起こしている。
人や家畜に投与された抗生物質は、すべてが体内に吸収されず、糞尿となり処理再生水に含まれたまま河川に流出しており、大都市近くの河川における抗生物質の濃度の高さも問題になっている。
すべての細菌は敵であるかのような社会的衛生概念の見直しと体内微生物の多様性の重要性に関する普及啓発を進めなければならない。

【3】農業による生態系劣化がもたらす健康被害

現在、日本ではTPP批准に向けて「攻める農業」を合言葉に、農地の集約化、企業による農業経営、農業の工業化が政策として進められている。農業の効率化を求め均質化を促し、農業の多様性を失うことは、人々の健康に大きな影響を与える。
農薬や化学肥料の人体への悪影響は言うまでもないが、農地の集約による伝統的な持続可能な農業の減少あるいは消滅が大きな懸念となっている。日本の伝統的な農業は、生き物同志の共存関係を活かしてきた。山林の落ち葉、家畜の糞、食べ物の残滓なども資源とし微生物の力を借りて堆肥を作り、生き物の力で作られる土の健康が作物を健康にし、健康な作物が人を健康にするという考え方が実践されてきた。また様々な地域の気候、土壌に合わせた農法があり、その土地の、その季節のものを食べる「身土不二」が健康上、重視された。
工業的農業の中には、先進諸国の消費者をターゲットにした有機作物も作られている。しかし、一見環境に良いと思われる工業的な有機農業は、コンピューター管理による作物の糖度管理や大量な電力を使った温度管理など「身土不二」とはほど遠く、人と生き物が共生する農業ではない。これは生物多様性にとっては脅威である。
一方で、人体に悪影響を及ぼすと考えられる農薬や遺伝子組み換え作物も未だ猛威をふるっている。EU諸国ではすでに禁止されているネオニコチノイド系農薬は、日本でも大きな問題になっているが禁止されるにはいたっていない。生物多様性に大きな悪影響を与えるネオニコチノイド系農薬については、国際的に禁止すべきである。
農地の集約化によってひきおこされる農業の均質化は、手間をかけ生き物の力を借りて行われる伝統的な農業を失っていくことにつながる。健康の視点から農業の均質化ではなく多様化こそ重視すべきである。

【4】人体の全体性を重視した伝統的医学の再評価

日本では明治維新後、急進的な近代化路線と欧米化により、公的な医学、薬学では近代西洋医学のみを医学とし、民間医療や漢方医学(古代に中国から伝わり日本独自に発展した医学)は有害なものとして排除されてしまった歴史がある。多くの途上国が体験することだが、そこでは「民間医療は科学ではない」という考え方が主流となってしまった。科学とは何か?という哲学的課題はひとまず置いておくことにしても、ものごとを分解してロジックに知るという考え方が近代西洋医学の主軸をなしていることは間違いないだろう。
「分解」を主軸にする近代西洋医学は、要素主義にならざるをえない。一方で伝統的な民間医療は、暗黙知として存在しており、分解せずに全体性を知る世界のものである。
この「分解」と「全体性」の両方が必要であるにもかかわらず、「全体性」を切り捨ててしまったひずみが現代起きている。伝統的医療は、血液検査も胃カメラもレントゲン技術もない時代のものだが、心身をマクロ的な視点で見ることにより、生体防御システムつまり自然治癒力に注目した医学であると言える。
多くの人は、いつも病気か健康かどちらかがはっきりした状態にあるわけではない。完全な健康から少しずれているグレーゾーンに対応するのが伝統的医療だ。その底辺には、生命とはもともと不安定な現象であり、たえず取り巻く環境との緊張関係の中に存立しているという生命論がある。
漢方医学で、西暦210年に書かれた『傷寒論』という書物は、致死性の高いインフルエンザに似た病気がパンデミック状態になった際に対処するため書かれたマニュアル本だが、麻黄湯という薬は、エピカテキンというタンニン成分が、ウィルスを膜で包み込みRNA(リボ核酸)遺伝子をコピーさせない作用を持つことが最近明らかになった。わたしたちは、近代科学は何に対しても有効という傲慢さを改め、伝統的医療からもっと学びなおすべきである。その場合、メディテーション、ヨガ、呪術などについて「非科学的」なものとして退けるのではなく、精神的効用の側面から有効性を見直すべきである。
現在、先進諸国に見られる精神的な病や、虚弱体質、アレルギー症、糖尿病、高血圧症、メタボリックシンドロームなど環境要因による疾病は、近代西洋医学の要素主義だけでは癒せない。
呼吸も食物も自然界から体内に取り込まなければ生きていけない人間の心身の健康は、環境の循環が順調であることと関連せざるをえないという認識を全世界が共有し、伝統的医療の全体性の重視を積極的に評価し取り入れ、近代西洋医学とのバランスを取るべきである。

【5】放射能汚染と健康

2016年2月に、福島県の子どもたちの小児甲状腺ガンの検査が行われた。原発事故前の日本における小児甲状腺ガンは、10年の間100万人に0~3人と推移してきた。しかし今回の福島県の調査では、100万人に換算すると289~401人という100倍を超える事態となっている。原発事故後、子どもたちに初期の被ばく症状が多く見られた。下痢が続いて止まらない、のどの痛みが続く、鼻血が止まらないといった症状だった。多くの母親が、子どもたちの将来の健康に対して不安を抱いている。
2011年に日本が引き起こした福島第一原発事故による放射能汚染は、福島県のみならず広範囲な健康被害を及ぼし続けている。被ばくは、身体外部に放射線源がある場合の外部被ばくと体内に放射性物質を取り込んでしまい体内に放射線源がある内部被ばくに分けられる。今最も問題になっているのは、内部被ばくである。
空気、水、食物を通して被ばくする内部被ばくの影響は、年齢、健康状態、免疫力などにより、個人差があり症状がいつでてくるか誰にもわからない。ただ、ガンなどで死亡する確率が高くなることだけは確かである。
今現在も福島第一原発の放射能汚染水は、海洋に流れ続けており、福島や日本だけの問題ではなくなっている。放射性物質がひとたび自然界に流れ出したならば、回収など不可能であり、自然界の循環とともに放射性物質も循環し、大気、大地、水とともにめぐりめぐってあらゆる生物を汚染し、呼吸や食を通して人体に戻ってくる。
海洋汚染についての国際的ルールとして「ロンドン条約」があるが、そこには放射能汚染についての記述が一切なされていない。今回のような国際的な放射能汚染を引き起こした際にその責任を明らかにすること、そのような汚染を引き起こす可能性のある経済活動は生物多様性を脅かす経済活動として認識しなおす必要がある。そのような認識に基づいて、生物多様性に関連するその他の国際条約との連携の中で、放射能汚染による海洋汚染と人体への影響をしっかり位置づけるべきである。おびただしい量の放射性物質を地球全体に振りまいてしまっている日本国民として、このことを強く求める。  
内部被ばくは、すぐさま死亡にいたるわけでなく、また誰もが死亡するわけでもないが、死亡する確率だけは高くなるという因果関係がつかみにくいやっかいなものである。食の安全基準をどの値に設定するかということにおいても様々な見解があり、国の設定した基準値さえ守っていれば大丈夫とはとても言えない。わたしたちは、どれほど放射性物質に色がついていたなら…と願ったことだろう。
日本国内では、時間の経過とともに、危機感の薄まりや考え出すとあまりに憂鬱になるため思考停止するなどの状況が生まれている。しかし、どんな立場を取ろうとも、世界を震撼させた福島第一原発事故前の日常生活には戻れず、目に見えない形で福島由来の放射性物質は、自然界をめぐり多くの人々を内部被ばくさせる可能性があり、日本だけの問題ではなくなっていることだけは確かなことである。
放射性物質による健康被害に関する長い年月にわたる公正な調査や研究の必要と全世界への情報公開は、日本の責任であるとともに全世界の人々にも共有して欲しい重要な課題であるため「生物多様性と健康」の議論で大きく取り上げるべき問題だとわたしたちは考えている。
現代においては、文明が何か新物質を一つ生み出すたびに、発ガン性物質のような悪性新生物が人類に贈られる。近代以降、ガンの要因となる外的因子、ガンの環境要因の種類ばかりが増加している。かつてレイチェル・カーソンが述べた「生まれ落ちたとき、いや、生まれる前から発ガンしている」状況は、彼女の時代よりさらに推進されてしまった。
農薬、殺虫剤、食品添加物、放射能物質…このうちのひとつだけ少量を摂取するならば、もしかしたら大丈夫かもしれない。でもその少しずつが、さらに他の発ガン物質と組み合わさっていったらわたしたちの健康はどうなっていくのだろう。
ガンになって治す技術の革新より、ガンにかからない文明を作ることが放射能汚染問題の根源的な課題である。


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